浦和地方裁判所 昭和37年(ヨ)255号 決定 1962年12月10日
債権者 日邦清掃協同組合
債務者 石井喜一 外八名
主文
本件申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
理由
債権者訴訟代理人は、「一、債務者らは、債権者が別紙目録(一)及び(二)の土地内で行う屎尿処理の営業を妨害してはならない。二、債務者らは、右土地内において屎尿処理をしてはならない。三、債務者らが、右一、二に違反した場合、債権者は浦和地方裁判所執行吏に委任して債務者の違反行為を中止させることができる。」との裁判を求め、その申請の理由は、
一、債権者は、清掃事業等を行うことを目的として、昭和三七年六月二一日に設立された中小企業等協同組合法に基く協同組合である。
二、清掃法第一五条によれば、特別清掃地域における清掃業の実施には市町村長の許可を要するのであり、又糞尿処理に関する条例(昭和三四年六月一九日埼玉県条例第二六号)第二条によれば特別清掃地域以外の地域において糞尿処理を業として行うものは市町村長の許可を要するものとされている。
而して、大宮市域のうち、別紙目録<省略>(一)の地域は特別清掃地域に該当するものであるところ、債権者は昭和三七年七月三日、大宮市長から別紙目録(一)の地域(特別清掃地域)及び別紙目録(二)の地域(特別清掃地域以外の地域)のうちそれぞれ大宮市直営箇所を除外した区域における屎尿の取扱の業を許可された。
従つて、右の許可を受けた地域における屎尿の収集、運搬ないし処理一切の業務は債権者に専属することとなり、債権者は右地域における屎尿処理に関して排他的な営業権を有するに至つたのである。而して、右区域の住民と債権者との間に、債権者が屎尿の取扱を行い、これに対して住民は汲取料を支払う旨の包括的且つ継続的汲取契約が成立しているものである。
三、申請外有限会社尚和清掃は、債権者の組合員として、債権者の行う屎尿処理を分担していたものであるところ、債権者は、昭和三七年一〇月二七日開催の臨時総会において、定款第一三条の規定に則り、右申請外会社を除名し、同日その旨右会社に通知した。右通知は、同日右会社に到達したので右会社は債権者の組合員たる資格を喪失するに至つたものである。
そこで、債権者は、もと右申請会社の従業員の立場において事実上屎尿処理の現業に従事していた債務者らに対し、同年一一月一日発信同月二日ないし三日到達の書面を以て、右会社除名の事実及び右会社が分担して来た区域における屎尿の処理一切を今後債権者が直接実施する旨通知した。
四、然るに、債務者らは、大宮市長の許可を受けることなく、且つ債権者に対抗する何らの権原もないのに、右通知を無視し且つ債権者の制止を実力を以て排除し、債権者が大宮市長によつて許可せられた屎尿処理区域に侵入して屎尿の収集運搬等を業として行い、ひいて右区域の住民から所謂汲取料を徴収し、以て債権者の営業を妨害しているものである。しかも債権者が使用しているものと同一の種類のタンクローリー車を使用し、日邦清掃協同組合名義の領収書を被汲取者に交付するなど、債権者の営業たることを示す公知の各種表示と同一又は類似のものを使用して、債権者の営業活動と混同を生ぜしめる行為をしている。債務者らの右所為は、不正競争防止法第一条第二号に該当する。
五、ところで、右の状態が継続すると、債権者が右地域において計画的に実施しつつある一貫した循環作業体制が撹乱され作業能率の低下を招く外、債務者らの擅に行う汲取との関係上汲取洩が生じて一般市民の指弾を買い、且つ債権者の料金徴収が不可能となる等、債権者の営業が妨害されることによる損害は、月額百万円を下らないのである。
六、よつて、債権者は、
(一) 不正競争防止法第一条第二号に基く差止請求権
(二) 清掃法及び前記埼玉県条例に則つた大宮市長の許可による営業権に基く妨害排除請求権
(三) 債権者と住民との間に成立している包括的継続的汲取契約上の地位(汲取権)の侵害或いは債権者の営業上の事実行為としての汲取行為の妨害による不法行為上の損害賠償請求権
を被保全権利として、営業の妨害排除を求める訴訟を準備中であるが、右訴訟の確定をまつては償うことのできない損害を蒙るおそれがあるので、本申請に及んだ次第である。
というにある。
そこで、被保全権利について判断する。
先ず、不正競争防止法第一条第二号の要件としては、他人の周知の氏名、商号、標章などの営業の表示と同一又は類似のものを使用することが必要なのであるが、日邦清掃協同組合なる名称は取引上営業の表示として周知となつたものである点についての疎明がなく、従つて債務者らの所為を以て、不正競争防止法第一条第二号の営業の主体を混同させる行為であるとすることはできない。
次に、清掃法及び前記埼玉県条例に基く屎尿処理に関する許可は、いわゆる警察許可であつて、汚物を衛生的に処理し、生活環境を清潔にすることにより、公衆衛生を維持向上する目的から屎尿処理業を一般的に禁止し、公衆衛生上支障がないと認められる場合に特定人に対してその禁止を解除するものである。このような許可制度がとられる場合、許可を受けた者が営業上の利益を受けることがあつても、それはいわゆる反射的利益に過ぎないのである。従つて、債権者は、清掃法及び前記埼玉県条例に基く許可のあることを以て、別紙目録(一)及び(二)記載の地域(但し大宮市直営部分を除く)において屎尿処理に関し排他的な営業権を有するものということはできない。(尚昭和三七年一月一九日最高裁判決-民集一六巻一号五七頁-は、公衆浴場経営の特殊性から公衆浴場法による公衆浴場経営の許可を受けた者の利益は、反射的利益に止まらない、としたものと解すべきであつて、これを清掃法第一五条の許可に拡張することはできない。)
更に、債権者は不法行為に基く損害賠償請求権を以て本件仮処分の被保全権利であると主張するが、かかる損害賠償請求権は仮差押の被保全権利とはなり得ても、営業妨害排除の仮処分の被保全権利とはなり得ない。
よつて、本件仮処分申請は、結局被保全権利についての疎明がなく、しかも保証を以てこれに代えるを相当とする場合でもないから、債権者の申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 篠田省二)